
SETIの先駆者達
ここでは、SETI研究の先人達を簡単に紹介したいと思う。このページを書くにあったては、”宇宙人探索のパイオニア達”という本を参考にした。
電波技術以前(〜19世紀)
コッコーニとモリソン以前、特に電波技術が発展するまでの地球外知的生命体と交信しようを試みは、月や火星にいる(と信じられていた)生命体を対象に行われた。これらの試みは、150年以上も前から始まっていた。
1.ガウス(1777-1855、ドイツ)
ガウスの名前を知っている人は多いだろう。彼は数学者として非常に有名である。主な業績はとしては挙げてみると。整数論の大著『数論研究』を著した(1801)。1795年に発見した最小2乗法を用いて小惑星セレスの軌道決定に成功した(1809)。(1829年以後、数学の研究のほか物理学の研究を行った。)地磁気の研究、有線電信機の発明等がある。地球上の任意の点で磁気の大きさを求められるポテンシャルに関するガウスの定理を発見する(1840)。
彼は、ユークリッドがピタゴラスの定理に用いた図を大きくして、シベリアの大地に作ることを提案した。そしてこう予測している。月に住む人は望遠鏡でその図をみて、地球上の知的生命体が作ったとわかり、すぐに応答するだろうと。
2.クロー(19世紀、フランス)
逆にクローを知っている人は少ないと思う。少なくとも僕は全然知らなかった。なんでも19世紀のフランスの天才的な詩人であるという。彼は1869年に以下のような提案をした。
電球の光を凹面鏡で集めれば、火星や金星に住人がいればこれを見ることが出来るのではないかと述べた。さらに、その電球を点滅させることで信号が送れるのではないかとも述べている。
3.リットロー(19世紀、オーストリア)
彼はウィーンの天文学者であり、1辺が20マイルの幾何学的図形を作るために、サハラ砂漠に運河を掘ることを示唆したといわれている。夜間にケロシンを水面に撒き散らし、火をつけるという計画であったという。
”確かにこれらの方法は原始的であるが、このことは我々に幾つかの事を教えてくれる。まず、この時代には月や火星にも生命体が存在すると信じられていたということである。また、地球外生命体への興味は、時代を超えて普遍的なものであるということである。”
電波技術発見〜マルコーニ・モリソン(1959年)
19世紀の終わる頃には、知的生命体探査への努力は信号を送ることから、来ている信号を探るものへと移っていった。電波技術の発展が、知的生命体探査に新たな手法を提供したのである。
4.ニコラス・テラス(19−20世紀)
彼は生まれたばかりの電波科学に多くの貢献をした人物である。1899年に彼は、高さ200フィート(約60センチ)の送信塔を建設し、これを用いて信号と思われる“電気作用”を観測したと主張している。太陽・オーロラ・地電流などによる説明を除外した後、彼は以下のように報告している。
”私の心を横切った考えは、私が観測した擾乱は知的な制御を受けたのもかも知れないというものであった。・・・一つの惑星から他の惑星への挨拶を聞いた最初の人が私であったという感情が、私の中にずっと沸きつづけているのだ。”(サリバン、1966年、179ページ)”
5.グリエルモ・マルコーニ(19−20世紀)
1920年には、もう一人の電波技術の開拓者であるマルコーニは、太平洋を横断してメッセージを受信する彼の会社の受信所が、他の惑星からきたかもしれないとも思える、奇妙な信号を受けていると報告した。
6.アメリカ海陸軍(1924年)
1924年の火星の接近の時に、アメリカ陸海軍は軍の送信所に不必要な送信を中止し、異常な信号に注意して聴くように命令している。軍の暗号部門が受信したどんなメッセージも解読しようと待ち構えていたという。
7.ハライム・パーシィ・マキシム(20世紀)
1932年に彼は、サイエンティフィック・アメリカンに投稿した論文で以下のように書いている。
”電波は、宇宙空間の広大な領域を横切って、信号を運ぶことのできる我々が手に入れた最初の手段である。・・・もしも、生命がどこかに存在し、また、生命の存在を予測するのが合理的であるなら、いつか誰かが、電波を利用して地球外知的生命体に遭遇するものと思うれる。(Scientific American, 1932, 201)”
この論説は信頼すべき雑誌に投稿されたにもかかわらず、その当時の科学者達にはほとんど注目されることはなかった。しかし、地球外知的生命体の対象を、火星や月などの太陽系だけではなく全宇宙に広げたことは、非常に大きな進歩であると思える。
続く(次はちょっと電波天文学の歴史について)